「礼拝ひとつであろうとも、端坐ひとつであろうとも、もしも仏祖から正伝されるようなことがあれば、それはまことに遇いがたきに遇うというものであって、大いに慶びとなすがよく、大いなる福徳として歓喜するがよろしい。」(道元:正法眼蔵・大修行)