「八大人覚」もろもろの仏はとりもなおさず大人(だいにん)つまり大丈夫人の意味であって仏・菩薩などをいいます。大人のの悟り知るところであるから、これを八大人覚と称するのす。この事をよく悟り知るのが涅槃のもととなるので釈迦は最後にあたって説いたのです。

[八大人覚・その一つ少欲である。」少欲の人は、おのずからにして、人にこび諂ってその意ほをむかえよう

はとすることがなく、また、いろいろの対象に、その心を奪われることはない。あるいはまた、少欲を行ずる者は、心おのずからして、憂え恐れることがなく、事にふれて、いつも余裕があり、決して足らざることがない。詮ずるところ、少欲をうちに蔵すれば、おのずからにして平和な心境がある。(道元:正法眼蔵・八大人覚)