「三乗十二分教などは仏祖の眼晴である」と知るがよいのである。これに眼を開かないものが、どうして仏祖の門下ということができようか。これを学び来らぬものが、どうすれば仏祖の正法を伝え受けることができようぞ。正法の眼目を体得することをえない者は、断じて七仏の法嗣ではありえないのである。(道元:正法眼蔵・仏教)
万葉集「三津埼 浪矣恐 隠江乃 舟公 宿奴 嶋尓」(みつのさき なみをかしこみ こもりえの ふねなるきみは やどりぬしまに)「み津の岬の浪がおそろしくて 入江の舟に居る人は舟泊てをしてしまった事だ。入江の岸辺に」