「どこまだも限りなく広がっている空には、白雲が飛んで滞ることもない」それが石頭のことばである。思うに、広いひろい空は決して自己を擬げない。ひろい空は、広い空の飛ぶのを擬げないのだが、また白雲も自ら白雲を擬げることはない。白雲は飛んで滞らずであり、また、それが大空の飛ぶのをおびやかしもしない。つまり、他を擬げないものは、自己もまた自由なのである。他の面々の擬げないことを必要とするでもなくまた、それぞれの自己の自由なるを自覚するわけでもない。そして、いま、広い空が白雲の飛ぶを擬げないということばは、そのことの本質と、その現象をあげて説いているのである。(道元:正法眼蔵・仏向上事)