慧可の断臂「慧可は雪を浴びる苦しみをすこしも苦しみとしなかったであろう。だが、夜明けの遅い冬の夜はなかなか明けない。しんかるに達磨も彼をあわれんだのであろう。夜もまだ明けきらぬ暁におよんで、問うていった「汝はいつまでも雪の中にたっているがいったい何事を求めるのか」慧可は、「ただ願わくは、和尚の慈悲たれたもうて、甘露の門をひらき、ひろくもろもろの衆生を済度したまわんことをでございます。すると達磨は「諸仏の説きたまえる最高の道は、限りなく努めはげんで、行じがたきをよく行じ、忍びがたきをも忍ばねばならぬ。けっして小徳・小智、もしくは軽心・慢心をもって、そのまことなる教えを求めよわうとしても得ることはできない。ただいたずらに苦しむのみであろう。」それを聞いた慧可はますます志を励まし、もって利刀をとりだし、自分の左臂を切断して師のの前に置いた。達磨もそれよって彼の仏法の器であることを知った。そこでいった「もろろの仏がはじめて道を求めるにあたっては、法のためにその肉体を忘れたものである。汝はいまわが前においておのが臂を断った。求める志はそれでようわかった。と室内に入ることを許したのである。(道元:正法眼蔵・行持)