芙蓉道楷の行持論「芙蓉山の道楷和尚は、もぱら行持を究め、それをはっきりと見とどけた最初の人である。国王から定照の禅師の号ならびに紫衣を賜ったけれども受けず、上表の文をたてまって、はっきりと辞したのである。極貧の中にいとなまれる行の地味がこの和尚によってやく伝えられている。この和尚が芙蓉山に庵を結ぶと出家や在家のもののあつまりにくるもの数百人に及んだ。だが一日に食するところ粥一杯という生活のために多くの者は引きがってしまったのである。(道元:正法眼蔵・行持下)
芙蓉道楷の行持論「芙蓉山の道楷和尚は、もぱら行持を究め、それをはっきりと見とどけた最初の人である。国王から定照の禅師の号ならびに紫衣を賜ったけれども受けず、上表の文をたてまって、はっきりと辞したのである。極貧の中にいとなまれる行の地味がこの和尚によってやく伝えられている。この和尚が芙蓉山に庵を結ぶと出家や在家のもののあつまりにくるもの数百人に及んだ。だが一日に食するところ粥一杯という生活のために多くの者は引きがってしまったのである。(道元:正法眼蔵・行持下)