「山水の功徳(性格)」いまの山水は、古仏の言葉の顕現である。つまり山は山になりきっており、水は水になりきっている。その功徳を究め尽くしたものである。法はそこに顕現されているというのである。そこから山水を経として学ぶのである。山水は、この世界の成立以前の消息であって、いまもなお活きているのであり、万物の兆もない古からのことである。その顕現は古今をつらぬくものである。かくて山のもろもろの功徳は、広大かつ無辺であるから、あるいは雲に乗って到り、あるいは風に順ってはたらき、自由自在にして到らざるはないのである。(道元:正法眼蔵・山水経)