「慧能の嗣法」六祖慧能は、衆に示して、「七仏より慧能にいたるまで四十仏があり、慧能より七仏にいたるまでに四十祖がある。これこそ疑いもなく仏祖の正しい相嗣である。」と説いたことがある。いうところの七仏のなかには、過去却に出現したものもあり、また現代却に出現したものもある。それにもかかわらず、四十祖を連ねて面授を説く。これが仏道であり、これが仏の相嗣というものである。だから六祖慧能から遡って七仏にいたれば四十祖の相承があり、七仏から下って六祖にいたれば四十仏の相嗣となる。仏道・祖道というものは、かくのごとくである。証するところがぴたりと相契う仏祖でなかったならば、仏の智慧とはいえない。祖師の究めるところとはいえない。仏の智慧でなかったならば、仏を信受するものではなく、祖師の究めるところでなかったならば祖師の証するところと相契うはずがない。(道元:正法眼蔵・嗣書)