「南嶽の悟り」「かって、江西の馬祖が南嶽に師事していたころ、南嶽は、ふしぎな仕方でさとりを得しめた。それが瓦を磨くということばのはじめであった。そりころ、馬祖は伝法院に住して、世のつねのように坐禅を行ずること、ほぼ十余年のことであった。雨夜の草庵のたずまいを思いやるがよい。雪にとざされて寒々とした坐牀にみ怠ることがなかった。その草庵を、ある時、南嶽が訪れたのである。馬祖がかたわらに侍立していると、南嶽が問うていった。そなたはこの頃なにをしておるか」馬祖はいった。「この頃わたしは、ただ坐っておるだけでございます。南嶽がいった。「坐禅をして、どうしようというのか」馬祖がいった。「坐禅して仏になろうとするのでございます」すると、南嶽は、一片の瓦をひろってきて、草庵のほとりの石にあてて磨きはじめた。それをみて、馬祖は、問うていった。「和尚はなにをなさるのですか」南嶽がいった。「瓦をみがくのじゃ」馬祖はいった。「瓦をみがいて、それをどうなさるのですか」南嶽がいった。「磨いった。「坐禅をしたからとて、て鏡にしようというのじゃ」馬祖はいった。「瓦を磨いて、どうして鏡となすことができましょうぞ」南嶽がいった。「坐禅をしたからとて、どうして仏になることができようか」(道元:正法眼蔵:古鏡)
原文「江西馬祖、むかし南嶽に参学せしに、南嶽かって心印を馬祖に密受せしむ。磨塼のはじめのはじめにり。馬祖伝法院に住して、よのつねに坐禅することわづかに十余歳なり。雨夜の草庵おもひやるべし。封雪の寒牀におこたるといはず。南嶽あるとき馬祖の庵にいたるに、馬祖侍立す。南嶽問ふ、「汝近日作什麼」馬祖いはく「近日道一祗管打坐するのみなり」南嶽いはく、「坐禅なにごとかを図する」馬祖いはく、「坐禅は作仏を図す」南嶽すなはち一片の塼をもちて、馬祖の庵のほとりの石にあてて磨す。馬祖これをみてすなはちとふ、「和尚作ー塼」南嶽いはく、「磨塼」馬祖いはく、「磨塼用作什麼」南嶽いはく、「磨塼豈得成鏡耶」南嶽いはく「坐禅豈得作仏耶」」