「この一段の対話は、昔から何百年ものあいだ、人々はたいてい、ただ南嶽が馬祖を激励したとのみ思っている。けっして、そうのみとは限らないのである。すぐけた聖者の言行は、はるかに凡人の境地をぬきん出ているのである。いかに勝れた聖者であろうとも、もし鏡をみがく手立てがなかったならば、どうして人のめに方便をたてえようか。人の為にするというのは仏祖の本質というもの。そのために手段を講ずるのは、いうなれ手なれた家具というものである。家具であり、調度であるから、それが仏の家につたえられるのである。ましてや、いま南嶽は、それを以てみごとに馬祖をみちびきたもうた。その指導のありようは、仏祖正伝とは直指であることをよく示している。まことに知る。磨いた瓦が鏡となった時、馬祖が鏡となったのである。また、馬祖が仏となった時、馬祖はたちまち馬祖その人となったのである。そして馬祖が馬祖になった時、坐禅がたちまち坐禅となった。だからして、瓦をみがいて鏡となすということが、古仏の骨髄として伝えられて、いまみなお、瓦なる鏡が存する。その鏡は、よく磨いてみると、もともと清浄なものであって塵に汚れた瓦ではなかった。ただ瓦であったものを磨いただけである。そこに鏡が実現するというのが、とりもなおさず仏祖の工夫というものである。(道元:正法眼蔵・古鏡)

原文「この一段の、むかしより数百歳のあいだ、人おほくおもふらくは、南嶽ひとへに馬祖を勧励せしむると。いまだかならずしもいかあらず。大聖の行履はるかに凡境を出離せるのみなり。大聖もし磨塼の法なくば、いかでか為皮脂の方便あらん。為人のちからは仏祖の骨髄なり。たとひ搆得すとも、なほこれ家具なり。家具調度にあらざれば、仏家につたはれざるなり。いはんやすでに馬祖を接することすみやかなり。はかりしりぬ、仏祖正伝の功徳、これ直指なることを。まことにしりぬ。磨塼の鏡となるとき、馬祖作仏す。馬祖作仏するとき、馬祖すみやかに馬祖となる。馬祖の馬祖なるとき、坐禅すみやかに坐禅となる。かるがゆゑに、塼わ磨して鏡となすこと、古仏の骨髄に住持せられきたる。しかあれば、塼のなれる古鏡あり。この鏡を磨しきたるとき、従来も未染汙なるなり。塼のちりあるにあらず、ただ塼なるを磨塼するなり。このところに、作鏡の功徳現成する。すなはち仏祖の功夫なり。」